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What is Original ? / オリジナルとは?

Strictly speaking, it is not easy to answer the question “What is the Original?” It may be safe to basically think “Original don’t exist”. At one time, it is assumed that one person produces a work that is judged to be “Original” by himself and other people as a matter of course. However, that idea may be obtained from others. Also there might have been very similar work in the past. And it may be that he forgets or can’t recognize that he gotten the idea from others or he was influenced by looking at similar works before.

厳密に考えると、「オリジナルとは?」の問いに答えることは容易ではない。「オリジナルは存在しない」と基本的に考えていく方が無難かも知れない。ある時、ある人間が、本人はむろん他者から見ても文句なく「オリジナル」と判断される作品を産み出したとする。しかし、その発想は他から得ているかも知れない。酷似した作品が過去にあったかも知れない。そして、発想を他から得ている事や似た作品を以前に見てつよい影響を受けたことを、本人が忘れたり自覚していないだけかも知れない。

ガウディと薬師丸ひろ子 / GAUDI and Hiroko Yakushimaru

「批評5」
NHKの『ガウディの遺産』。女優・薬師丸ひろ子が、彫刻家・外尾悦郎とサグラダ・ファミリアを訪ねる番組。サグラダ・ファミリアは、私などが言うまでもなく「成長し続ける教会」として世界的に有名。そのガウディは1926年6月7日、路面電車に轢かれて死亡。みすぼらしい格好をしていたため病院での治療が遅れたらしい。彼は、毎日職人たちに「諸君。明日はもっといいものを作ろう」と語っていたという。すでにいいものを作っているのに。何とも素晴らしい人だ。

そして私は、この番組を見ながら、ある種の「幸福」を感じていた。それは、元アイドルの薬師丸ひろ子が、いまも元気で、謙虚で、自然体で、おばさんの姿を取りながら人間として成長し続けている存在に見えたから。謙虚に、真摯に、人間として成長し続けること。それは、アイドルにも、何らかの仕事を成し遂げた人にも、ふつうの人にも、誰にも容易なことではない。世間には80%しかない才能を120%に見せることに必死で、それに成功して自信過剰で傲慢な人間になり成長を止めてしまう者も多い。薬師丸やガウディはその逆。薬師丸のようなおばさんと一緒にいると、100点満点で幸福で、平和で、しかも同時にきびしく自分の創造性を試される気がする。こういう人間に対しては、ウソはまるで通用しない。ガウディが周囲の人びとにとり貴重だったように、薬師丸もまた同じように貴重だと、番組を見ていて私は考えた。

映画『インターステラー』

「批評4」
クリストファー・ノーラン監督の映画『インターステラー』。リサ・ランドールの余剰宇宙論を絵にしたような作品だ。バリ在住スペースアーティストのリチャード・クラーさんと、私も2000年に『インターステラー・メッセージ・コンポジション』を開始した。しかし、難しくて進展がなかった。だからこの映画は何とも魅力的だ。注目は、主人公が約30年後に娘に再会するために二人にとって懐かしい部屋に戻ってきた場面。父親は時間が伸縮する異次元世界に、娘は私たちと同じ四次元世界に住んでいる。

映画では、二人の世界は部屋の「本棚」を仲介につながっている。父親が背後から本を動かし、小さい時の娘も物理学者として成長した娘も、二人とも「父親」を敏感に感じ取る。最後に、成長した娘が本棚に置かれた時計が「暗号」を刻んでいることに気づく。そして、その暗号を解いて宇宙の秘密を明かす。その秘密とは、二つの世界は同じ空間に同居していて、父親の異次元世界の内部に娘の四次元世界が存在しているという事実。そして、娘は、四次元世界を超えていく人類が「進化」をもたらすという希望を語る。

ゼロ・グラビティ

「批評3」
2013年のアメリカ映画『ゼロ・グラビティ』。宇宙船の事故で宇宙空間に放り出され、奇跡的に地球に帰還できた宇宙飛行士の物語。アイドル的女優だったサンドラ・ブロックがいい感じでおばさんになり、「人間」について熱演している。映画の最後の、彼女が、漂着した浜辺で自分の手で砂に手型をつけ、喜びにあふれ、大昔に両生類の子孫になったといわれる魚のイクティオステガの子孫のような頼りない感じでヨロヨロと立ち上がり、大地を踏みしめて歩くシーン。私はこのシーンに一番感動した。まさに「帰還」。彼女は懐かしい人間の場所に帰ってきたのだ。もう同じ過ちは繰り返せない。人間には「大地」が不可欠。「大地」との親密な関係を発展させる「開発」でない限り、どんな「開発」も無効になってしまう。宇宙開発の場合であれば人間に容赦なく「死」をもたらすという事実を、この映画は見事に暗示してくれている。

© 2015 Tokyo Space Dance