稽古のことば

『稽古のことば』

[1] 大野一雄

ある日私は大野一雄に尋ねた、「そんなに踊り続けて、どうして疲れないのですか?」と。すると、「無数の魂が私の背後にいて、私のダンスを見たいと言っています。ダンスのエネルギーはそこから来るので、まったく疲れません」と答えてくれた。

[2] 土方巽

ある日土方巽が私に尋ねた、「なぜ舞踏家に言葉が必要なのか?」。私は「立ち上がる為に」と答えた。自分の言葉をもつことが、自分で考えることで、世界をもつことだから。

[3] 荒川修作

ある日、荒川修作が私に議論をふっかけた、「不死を得るためには身体は無くならなければならない。君はどう思うか?」。私は答えた、「そうではなく、身体を少しだけ浮かすことから不死への道が開かれる。身体はいつまでも必要」。

[4] アナザープラネット

舞踏の中で、私は、「遠い惑星」から私を見て、私の存在を楽しんでいる。

[5] 成熟するダンス

舞踏は「年齢と共に成熟するダンス」を可能にしてくれる。一定の年齢が過ぎればリタイアが必要になるダンスとはこの点が大きく違う。世界で舞踏人気がますます高くなっている理由もここにある。

[6] 

美しい者である必要はない。「」はそのつどつくり出され、そのつど消え去ることが運命だから。

[7] 体重

ただ体重があればいい。体重があれば、少しだけ身体を浮かすことで、舞踏が始まる。この観点から、国籍や民族の違いに左右されない「国際舞踏」を形成できる。

[8] 物語

身体は「物語」を表現するための道具ではない。身体が「物語」なのだ

[9] 客体

身体を「客体」として扱えるほど、身体は環境に所属し、自由になれる。自由になれると、身体が「身体の夢」を語りはじめる。

[10] 満足

満ちているから動く。満ちているので焦ることはない。満ちている状態から、外に出て、また戻る。それを呼吸のように繰り返していく内に、満ちている状態が「雪ダルマ」のように膨張をはじめる。

[11] 心と形

「心」は「形」を求め、「形」は「心」をすすめる。「形」に執着しないことは難しい。「形」を愛する思いが強くなり、そこに留まりたいからである。しかし、執着しないことでさらに思いがけない新鮮な「形」が現れてくる。愛する相手も、ここにいるのは仮の姿で、世界のその先で思いがけない姿で待っている。

[12] 余剰次元

私が空間に立つと、空間に「ゆらぎ」が生まれる。観客は、空間に住み、空間としてダンスしている私を見ている。そこでは、空間が、私の動きと共に、ゆらぎつつ動いている。余剰次元はこの空間のゆらぎに現れる為、私は余剰次元をこの世界に引き込みつつダンスしている。そのため、観客には、私が現実の世界と余剰次元に同時に存在しているようにダブって見える。

[13] 音楽

一つの動きを繰り返していると、「懐かしい不思議な音楽」が聴こえてくる。それは脳の中に記憶された遠い動物たちの叫びだ。古い記憶と新しい記憶がせめぎ合い、そのズレが脳のニューロンを通過する「微電流の変化=音楽」として聴こえるのだ。

[14] 孤独

人間はいつも「一人」だ。生まれてくる時も。表現の大切な時も。死ぬ時も。だから、「一人と一人をつなぐ愛」という奇跡が生まれた

[15] 会いたい人

感覚が澄んでくると、身体が変形し、会いたい人に会える。私は、舞踏の中で、若くして死んだ恋人の姿を追っている

[16]

彼女の姿を追っている時、いつもは通れない門を潜れ、はじめて見る世界に出られる。余剰次元がこんな身近にあったとは

[17] 妻・エレナ

彼女は静かに眠っていた。失われた動物たちや、死者たちや、異星人たちと一緒に。私の失った恋人。さぁ起きて、いま、私の妻・エレナとして復活して

[18] 

」に満ちた状態とは、私と相手の区別が無くなり、一体化された新しい存在を私が生きている時間のことだった。愛に満ちた世界は、幸福で、それまでの世界と同じなのに、まったく違う。愛を失った世界は空虚そのものに変化する。

[19]

新しくなった私。自分の顔を鏡で見たら、そこには見たこともない別の顔があった。懐かしいと思った。

[20] 私は踊る

私は踊る。土方巽が倒れた地点に「新しい種子」を蒔くために。私は踊る。大野一雄の「103才まで踊った記録」を更新するために。私は踊る。荒川修作が囁いた霊感に「新しいデザイン」をもって応えるために。

[21] 姿勢の創造

ダンスを「姿勢の創造」と読み替えることで、ダンスの新しい世界がはじまる。世界の75億の人びとに新しいダンスを届ける道が見えてくる

[22] マイトレーヤ

京都・太秦広隆寺の「古代的微笑」を湛えた、木造の小さなマイトレーヤ。これほど美しいスマイルがこの世にあるだろうか。お寺の中でゆっくりしていると、マイトレーヤが私の隣に座り、「アナタがそれよ」と囁いた。

[23] 贈り物

年をとるほどやりたいことが沢山出てきて、毎日幸福で、忙しい。からだ中に若々しい細胞が誕生し、もう年なのに、私は翼をもった恐竜として世界を飛び回っている。すべて舞踏の贈り物だ。

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