おわりに / Epilogue

『おわりに / Epilogure』

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  思いがけない仕事を、思いがけない世界で、思いがけない人びとと。私はずっとそんな思いで生きてきた。

2016年10月29日。大野一雄の本も出版しているギャラリー・PUBLINKのディレクター・アニタが、ワルシャワ現代美術館の前にあるTheater Instituteで私の公演を制作してくれた。この夜、木立に囲まれた劇場で、私は劇場の外に出て、近くにある大きな樹の下からダンスを始めた。

照明効果も手伝い、客席から身を乗り出すようにして私を見ている観客たちの背後に、観客よりも多い数の霊たちの群れが見えた。耳を澄ますと、かすかに声が聴こえた。「アナタに呼ばれ、ワタシたちは全地球員の代表の一部としてここにやって来た。ご存知のように、地球員とはいま生きている人間たちのことだけでありません。ワタシたちや異星人や絶滅した動物たちについても考えているアナタの構想は素晴らしいと思います。だから、早くアナタのダンスを見せて」と言っていた。私を応援する為に彼らが来てくれたのだ。そして、彼らの中には、いまは亡き親友・イボンヌも混じっていた。

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私はイスタンブールが好きで、2001年から毎年行っている。なぜ好きかといえば、イボンヌがイスタンブールほどカルチャーショックを受ける都市はないと言っていたからだ。イスタンブールは古代から現在に至るまで文明の一大交流地点で、多くの文化が混淆している。私が教える大学の現代ダンスのクラスやスタジオの女性ダンサーたちも、アラブ系・ヨーロッパ系・ロシア系・アジア系と、4通りの違った美しさをもっている。多くの坂で構成されている都市の景観も、予算が少ないせいもあり、至る所で古代・中世・近世・現在の坂道が混淆して露出している。過去の遺産を目に見える形で残し、訪れる者にカルチャーショックを強烈に体験させる都市。ここに来るたびに私の身体にも古くて新しい血が蘇り、若返る。

最近のイスタンブールは政治的混乱の影響でざわついているが、このような重厚な歴史をもつ都市は世界中でも稀である。そんな都市感覚を味わいたくて、私は仕事の合間に一人で街を歩き、ボスポラス海峡を往来する船に乗る。カラキョイからカディキョイへ。カディキョイからベスクタシュへ。ベスクタシュからウシュキュダへ。ウシュキュダからカラキョイへ。この2時間ほどのささやかな彷徨の時間が、私がものを一番ゆっくりと考えられる時間だ。いろんなアイデアもこの船の上から生まれてくる。

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アメリカの最初の女性文化人類学者マーガレッド・ミードは、波乱万丈の人生を送った。誰をも深く愛し過ぎる才能により、何度も恋に落ち、深く傷つくと共に、大きな喜びを手に入れた。グレゴリー・ベイトソンとも結婚し、子供をつくり、そして離婚した。彼女が引用した、ルース・ベネディクトの以下の意味深長な詩。

  さまよい続ける二つの生のステップが、互いの調べに引き寄せられて、一つのテンポを刻んでいくそのひとときが、私たちのもつすべて

マーガレッドとルースの関係も愛の関係として秘密裡に進行していたことが後にわかり、マーガレッドは「知的な開眼の瞬間は、恋に落ちる時と似ている」と言っていた。

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哲学者ハンナ・アレントの場合は、ハイデッガーの愛弟子だった。「いかに、自分で考えることが、重要か」について徹底的にハイデッガーに教えられ、その思想に深く共鳴した。このアレントが、ナチスの戦犯アイヒマンの罪を問う公開裁判で、アイヒマンがいかに残虐な人間かではなく、権力に迎合することでいかに自分で考えなくなってしまっただけの凡庸な人間であるかについて証言し、アイヒマンの残虐性について徹底的に糾弾して欲しかったマスコミや世論から大バッシングを受けた。

しかし、アレントはこのバッシングをはねのけていく。重要な問題について、自分で考えず、それを他にまかせてしまうことが、その後いかに大きな負の連鎖を引き起こす場合があるかについて、彼女は自分の生涯をかけて示した。自分がやったことは、自分で責任を取る必要がある。しかし、自分で考えることをやめてしまうと、その痕跡が心に残らず、取りたくてもその責任が取れない。アイヒマンはその好例だったとするアレントによる指摘だ。

そして、アレントの映画に描かれているように、彼女の人生の底流になったもう一つのテーマが、だった。アレントはハイデッガーと出会った若き日に、彼を愛した。ハイデッガーを陶酔の表情で見つめていた若き日のアレント。その表情は美しく、印象的だ。彼女を支え続けた夫も、いまでも彼女の心にその愛が生きていることを知り、それが悲しい。彼にはその愛をどうすることも出来ない。しかし、アレントのハイデッガーに対する愛は純粋に精神的なもので、彼との関係を壊すものではなかった。アレントは依然として夫を愛し、彼を必要としている。だから彼も彼女を受け入れていく。人生にはたびたびこのような難題が起きる。精神的な愛の対象をもつことは人生を豊かにする。しかし、それを自分のパートナーがもっていることは辛い。どうするか? 人は、このような局面で、自分の調整能力を最大限に試されることになる。

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愛ほど誰にとっても必要で、また悩ますものはない。愛ほどすぐ身近にあり、また不可能なものはない。私も、人生の成り行き上、「不可能な愛」を求めて生きることが大きなテーマの一つになってしまった。

ビョークが「あなたがいなくて淋しいけれど、私はまだあなたに出会っていない」と歌っているように、人はまだ見ぬ「あなた」の登場を待っているのだろうか。愛は、人間活動の原動力の一つで、誰も避けて通ることができない。特に、恋愛は、相手に自分の魂を無防備のまま差し出すことだから、相手を間違えるとお互いに魂を傷つけ合い、ヒドイ目に合う。それでも、いくら懲りても、人は愛から撤退しない。そして、ヒドイ目に合うたびにビョークが歌う「あなた」に対する想いを深くする。

私の場合は、17才の時の初恋の相手が23才の若さで死んだことを40才になった時に知り、大きなショックを受けた。初恋は1年で終わってしまったが、その後私も人生の困難さにたびたび出会い、精神的に私より早熟だった彼女の姿が私の心の中で大きくなっていったからだ。彼女に会いたいという思いが年々つよくなっている。

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私はなぜ舞踏家になったのか。私はなぜ初恋の相手に会いたいのか。私の人生で、私をつよく動かしている衝動とは何なのか。私は何にこだわっているのか。

  それは、特定の知識と価値観とつよいこだわりを備えた一つの精神からしか生まれてこなかった

私の仕事は、舞踏家として「年齢を超えて成熟するダンス」を完成させること。舞踏家を超えて、身体と環境の親密な関係を情報化し、その情報化から「新しいデザイン」を誕生させること。余剰次元に対する「感覚的」な探求もデザインに含めること。このようなデザインを通し、地球文化改革と宇宙文化開発に貢献すること。これらの仕事をすべてまとめて扱う『スペースミュージアム』をオープンし、世界に普及させること。

そんな大それた目標のために、何が必要なのか。誰と出会えばいいのか。どこに行けばいいのか。私はそのために、いまも世界を巡り、試行錯誤を繰り返し、うまく行かずに何度でも停滞し、自分の無能力さに嫌気がさして落ち込み、そして懲りない子供のように何度でも平気で起き上がる。そのため、私の生活はとても忙しい。

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世界は、すでに数えきれないほど多くの素晴らしい表現で満ちている。その事実を知るたびに、別に世界は私の表現など必要としていず、私の活動も不要なのではないかと、しばしば疑う。しかし、そうではないようだ。

人口増加や地球環境の劣化という大問題だけではなく、矛盾と不幸と横暴は世界で増え続け、それらの課題を少しでも解決するために、「無数のよりよいものたちで世界を満たせ」と世界は多くの行動と表現を待っている。そのために、私も、自分の意志を鍛え、感覚を磨き、私の仕事を保ち続ける必要があるのだった。

  私が一日でもその仕事を休むと、不愉快な身体症状が生じる。私が仕事につくと、すぐに症状は消え、私のからだも頭もすっきりする。

晩年のユングもこのように書いていた。私も、心身の健康を保ち、そんな身体症状が生じないように、毎日舞踏することが必要になっている。それは舞踏が、私の他の活動のためのすべての「源泉」だから。「源泉」からキレイな水を汲み出すことができないと、その上に乗っているすべてのものも輝きを失くしてしまう。

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